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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1649号 判決

原告 李有坤

右訴訟代理人弁護士 秋田経蔵

被告 千葉芳胤

右訴訟代理人弁護士 成毛由和

同 逸見剛

同 立見廣志

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和五〇年三月四日になした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告が訴外山本富弥太、同山長自動車株式会社および同山本大三に対する東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第八三六二号建物収去土地明渡等請求事件(反訴昭和四一年(ワ)第一一〇二八号事件)の判決の執行力ある正本および同裁判所昭和四五年(モ)第一三七八四号建物収去命令決定正本に基づいて昭和五〇年二月二五日別紙目録記載の建物に対して着手した建物収去土地明渡および建物退去土地明渡の各強制執行はいずれもこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、訴外山本富弥太(以下富弥太という。)、同山長自動車株式会社(以下山長自動車という。)および同山本大三(以下大三という。)に対する東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第八三六二号建物収去土地明渡等請求事件(反訴昭和四一年(ワ)第一一〇二八号事件)の判決(以下本件判決という。)の執行力ある正本および同裁判所昭和四五年(モ)第一三七八四号建物収去命令決定正本に基づいて、昭和五〇年二月二五日別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)に対し建物収去土地明渡(執行債務者大三)および建物退去土地明渡(執行債務者富弥太および山長自動車)の各強制執行に着手した。

2  しかしながら、本件建物は、富弥太の所有であるところ、原告は昭和三六年一二月一一日富弥太からこれを賃料一ヶ月金二万円、期間一〇年との約で賃借してその引渡を受け、爾来これを自動車修理工場として使用し現在に至っている(なお、右賃貸借は昭和四六年一二月一一日契約期間が満了したが、借家法第二条の規定により法定更新された。)もので、原告は本件建物に対する平穏な占有に対する侵害となるべき被告の前記各強制執行を受忍すべきいわれはない。

3  よって、原告は前記各強制執行の排除を求めるため本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1  原告が、本訴において請求原因2の事実を主張することは次に述べるとおり後記確定判決の既判力に牴触し許されない。

(1) 本件判決は昭和四五年七月二四日確定したものであるが、原告は、本訴を提起するに先立ち、本件建物につき所有権を有することを理由に、被告を相手方として東京地方裁判所に本件判決のうち被告から大三に対する本件建物収去土地明渡の請求を認容する部分(本件建物収去土地明渡の給付命令部分という。)の執行力ある正本に基づき本件建物につき強制執行をなすことを許さないとの判決を求める第三者異議の訴を提起して(同裁判所昭和四五年(ワ)第九四二四号事件)、昭和四八年四月一三日同裁判所において請求棄却の判決を受け、次いで右判決に対し東京高等裁判所に控訴を提起して(同裁判所昭和四八年(ネ)第九一七号事件)、昭和五〇年一月三〇日同裁判所において控訴棄却の判決を受け、更に右判決に対し最高裁判所に上告して(同裁判所昭和五〇年(オ)第六三三号事件)、同年一二月一八日同裁判所において上告棄却の判決を受け、結局右訴訟(以下前訴という。)において請求棄却の確定判決(以下前訴確定判決という。)を受けたものである。

(2) ところで、第三者異議の訴の性質は訴訟法上の形成の訴であると解すべく、また、その訴訟物は民事訴訟法第五四九条が認めた訴訟法上の異議権であり、そして右異議権は、具体的執行によりその目的物に対して有する第三者の所有権、占有権等の実体法上の権利が侵害された場合にこれに基づいて発生するものではあるが、右侵害された個々の実体法上の権利毎に一個宛発生するものではなく、これらの実体法上の権利のすべてを通じて一個発生するもの、換言すればこれらの実体法上の権利は訴訟物である右異議権の発生を理由あらしめる攻撃方法にすぎないものと解すべきところ(仮に右主張は理由がないとすれば、請求異議の訴に関する民事訴訟法第五四五条第三項の規定が第三者異議の訴にも類推適用されるべきである。)、前訴と本訴とはいずれも本件判決の執行力ある正本に基づく土地明渡の強制執行という同じ具体的執行を対象とするものであり(もっとも、前訴は本件建物収去土地明渡の強制執行を、本訴は右強制執行のみならず本件建物退去土地明渡の各強制執行をそれぞれ対象とするものであるが、「建物収去土地明渡」の強制執行も「建物退去土地明渡」の強制執行もともに「土地明渡」の強制執行として同一のものであり、かつ、前者は後者を含むものといえるから、結局前訴も後訴も同じ具体的執行を対象とするものといえる。)、ただ、前訴が本件建物所有権を異議権発生の原因とするのに対し、本訴が本件建物賃借権・占有権を異議権発生の原因とする点で攻撃方法を異にするにすぎないものであるから、右両訴は相互にその訴訟物を共通にするものと解すべきである。

(3) してみれば、原告が前訴確定判決の既判力の標準時である前訴控訴審の口頭弁論終結時以前に発生した請求原因2の事実を本訴において主張することは前訴確定判決の既判力に牴触し許されないものというべきである。

2  仮りに右主張は理由がないとしても、次に述べる事実を斟酌すれば原告が本訴において請求原因2の事実を主張することは信義剣に照らして許されないものというべきである。

(1) 原告は、本件建物につき所有権を有する旨虚偽の事実を主張して前訴を提起するとともに、これに伴い強制執行停止決定をいわば裁判所から騙取し、これによりその後四年四ヶ月に亘って被告の本件判決の執行力ある正本に基づく各強制執行を停止させ、その間終始一貫して右主張を維持していたものであるが、前訴において前記のとおり敗訴の確定判決を受けるや、今度は右主張と相反矛盾する請求原因2の事実を主張して本訴を提起し、これに伴い再び強制執行停止決定を得たものであること。

(2) 本件判決においては、大三が被告として本件建物収去土地明渡の給付命令を受けたことになっているが、これは、原告が本件建物のもと所有者である富弥太から本件建物につき所有権移転登記を受けるに当り大三から名義を借用し大三名義でこれを受けていたため、事情を知らない被告が右形式上の名義人である大三を相手に本件建物収去土地明渡の訴を提起したという事情に基づくものであり、右訴訟においては、その後大三は何ら当事者として関与せず、大三から右のとおり名義を借用していた原告が被告大三の名の下に訴訟代理人の選任、弁護士費用の支払、訴訟代理人を通じての訴訟追行等をなし、実質上の被告として行動したものであるから、本件判決における被告大三とは実質的には原告をさすものというべきであり、また、本件判決においては山長自動車なるものが被告として本件建物退去土地明渡の給付命令を受けたことになっているが、山長自動車なるものは商業登記簿上は株式会社としての体裁をととのえているが、右は原告が本件建物において自動車板金塗装業を営むにつき取引の便宜上作出した何ら実体のない形骸にすぎないものであり、訴訟において山長自動車なる名の下に実質上の被告として行動したものは前同様原告であるから本件判決における被告山長自動車とは実質的には原告をさすものというべきであること。

(3) 前訴と本訴とは、ともに本件判決の執行力ある正本に基づく土地明渡の強制執行の排除を目的とするもので、本訴は実質的には前訴のむし返しというべきものであるところ、前訴において原告が本訴請求をすることに何らの支障もなかったものであり、また、原告が更に本訴を提起することは、本訴提起時において本件判決の確定時から約七年(その訴提起の時から約一三年)が経過しており、本件判決確定後の被告の地位を不当に長く不安定な状態におくことになること。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1の冒頭の主張は争う。同1の(1)の事実は認める。同1の(2)、(3)の主張は争う。

2  同2の主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁1について判断する。

1  抗弁1の(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、第三者異議の訴の性質等については判例学説上種々の見解が対立しいまだ定説をみるに至っていないが、当裁判所としては、第三者異議の訴は、民事訴訟法第五四九条が認めた訴訟法上の異議権、すなわち当該具体的執行がその目的物に対して有する第三者の実体法上の権利を侵害し実体法上違法である場合に、その第三者に右執行排除の救済を得させるため、同法条が認めた右執行が実体法上違法であることを理由に裁判所に右執行の不許を宣言する救済命令を求める権利を訴訟物とする訴であり、従って、その訴の性質としては、従来の給付訴訟、確認訴訟、形成訴訟のいずれとも異なる新たな類型の訴訟であると解するものであり、そして、右異議権は、第三者が当該具体的執行の目的物につき有する個々の実体法上の権利毎に一個宛発生するものではなく、このような実体法上の権利のすべてを通じて当該具体的執行毎に一個宛発生するもの、従って、これらの実体上の権利そのものは訴訟物ではなく、訴訟物である右異議権の発生を理由あらしめる攻撃方法にすぎないものと解するものである。

3  しかして、右の見解に従い1確定の事実に基づいて考えれば、前訴と本訴のうち本件判決中本件建物収去土地明渡の給付命令部分の執行力ある正本に基づく強制執行を対象とする部分(以下本件部分という。)とは相互にその訴訟物を共通にするものであるけれども、前訴と本訴のうちその余の部分(以下本件その余の部分という。)とは相互にその訴訟物を共通にするものではないというべきである。けだし、前訴が被告から大三に対する本件建物収去土地明渡請求権実現のための強制執行をその対象とするのに対し、本訴のうち本件その余の部分は被告から富弥太、山長自動車に対する各本件建物退去土地明渡請求権実現のための各強制執行を対象とするもので、相互にその対象とする具体的執行を異にするものというべきであるからである。この点に関する被告の主張は、右各請求権がそれぞれ別異の債務者に対するものであること、従って右各請求権が実体法上の権利として別個のものであることを看過した独自の見解であって、とうてい採用の限りではない。

4  してみれば、抗弁1は本訴のうち本件部分に関しては理由があるが、本件その余の部分に関しては理由がない。

三  次に抗弁2について判断する。

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(1)  原告は、自己の友人で、被告から本件建物敷地を賃借し同地上に所有する本件建物において有限会社山本自動車工業所なる会社組織をもって自動車板金塗装業を営んでいた富弥太に対し貸金債権を有していたところ、昭和三六年一一月に至り富弥太が経営不振のため倒産したため、同年一二月一五日、富弥太やその債権者らの求めにより、富弥太らに肩代りする形で、訴外株式会社平和相互銀行および同横山立身が富弥太らに対して有していた債権および右債権担保のため本件建物に設定されたいわゆる仮登記担保権を譲り受けるとともに、富弥太から右各債権担保のため本件建物に譲渡担保権の設定を受け(ただし、右譲渡担保権設定を原因とする所有権移転登記は、本件建物敷地の賃貸人である被告から右土地賃借権の無断譲渡ないし転貸を理由に右土地賃貸借契約を解除されないようにとの配慮から、右事実を秘匿するため富弥太と同じ山本姓である大三名義を借用し、大三名義でこれを経由した。)、次いで、昭和三七年四月ころ、富弥太から、原告において右譲渡担保権に基づき本件建物を使用して富弥太に引続き自動車板金塗装業を経営しその収益から右各債権の回収を図ることができる旨の約定のもとに、本件建物の引渡を受けたうえ、前記配慮および取引上の便宜から、同年六月二八日、大三を代表取締役とし本件建物所在地を本店所在地とする山本自動車株式会社なる会社(この会社が昭和四〇年三月一九日商号変更により山長自動車となった。)を設立し、右会社名義をもって富弥太に引続き本件建物において自動車板金塗装業を経営するようになった。しかし、右会社は商業登記簿上は会社としての体裁を整えてはいるが、右は、原告が、大三をはじめ原告以外の株主および役員のすべてにつき名義を借用して作出した何ら実体のない形骸にすぎないもので、原告自身が当法廷における本人尋問の際自認したように、右会社は実質的には原告個人と同一人格といえるものである。

(2)  そして、その後、被告から、富弥太の土地賃借権が解除により消滅したことを理由に、大三に対する本件建物収去土地明渡、富弥太、山長自動車に対する各本件建物退去土地明渡請求の訴が提起され、これが東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第八三六二号事件として係属するに至ったが、右訴訟においては、大三に対する請求に関し、大三は前記関係から名義上の被告とされたのみで、実際は前記名義借主である原告が自己固有の立場においてその借用にかかる大三名義を使用し、自らの費用負担において訴訟代理人を選任し、右訴訟代理人を通じて実質上の被告として応訴し、また、山本自動車株式会社(後の山長自動車)に対する請求に関しても、前記関係から、原告が前同様実質上の被告として応訴し、しかも前記配慮から、原告が富弥太から前記のとおり本件建物につき譲渡担保権の設定を受け、右譲渡担保権および前記約定に基づいて本件建物を使用占有するものであることを秘匿し、大三に対する請求に関しては、大三が富弥太から本件建物につき昭和三六年一二月一五日付譲渡担保権設定を原因として所有権移転登記を受けたのは錯誤に基づくものであるから、いつでも富弥太に対し右登記の抹消登記手続に応じる用意がある旨を、また、右会社に対する請求に関しては、右会社は本件建物敷地の賃借人であり本件建物の所有者である富弥太から本件建物を賃借占有するものである旨をそれぞれ主張し、富弥太の右土地賃借権に依拠する右会社の使用占有という形で原告の本件建物に対する占有権原の維持温存を図ろうと試みたが、本件判決においては、前者の主張は採用されず、本件建物については大三が譲渡担保権を有するものであり、大三は富弥太の右土地賃借権に依拠して本件建物を所有するものであるところ、富弥太の右賃借権は被告主張の契約解除により消滅した旨判断され、また、後者の主張に対しては右会社が主張の賃借権を有することは当事者間に争いがないが、その依拠すべき富弥太の右土地賃借権は右のとおり消滅した旨判断され、右いずれの請求についても敗訴となり、右の試みは失敗に終った。

(3)  そして、原告は、本件判決確定後被告が本件判決の執行力ある正本に基づいて本件建物につき本件建物収去土地明渡および本件建物退去土地明渡の各強制執行に着手しようとしたところ、今度は本件建物につき原告が所有権を有するとの前記秘匿にかかる事実を主張し、これを理由に、当時右各強制執行全部を対象として右理由に基づく第三者異議の訴を提起することに何らの支障もなかったのに、あえて右各強制執行のうち本件判決中本件建物収去土地明渡の給付命令部分の執行力ある正本に基づく強制執行のみを対象として前訴を提起し、これに伴い強制執行停止決定を得てその後四年余の期間に亘り被告の右強制執行を停止せしめ、その間終始一貫して右主張を維持していたものであるが、前訴において前記のとおり敗訴の確定判決を受けるや、更に請求原因2の事実を主張して、これを理由に本訴を提起し、これに伴い再び強制執行停止決定を得て被告の本件判決の執行力ある正本に基づく各強制執行を再び停止せしめたもので、本訴提起当時本件判決確定の日から約五年の期間が経過していたものである。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の諸般の事実を斟酌すれば、原告が本訴のうち本件その余の部分において請求原因2の事実を主張することは信義則に照らして許されないものと解するのが相当であり、従って本訴のうち本件その余の部分に関し抗弁2は理由がある。

四  以上説示認定の事実によれば原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の取消およびその仮執行宣言につき同法第五四九条第四項、第五四八条第一項、第二項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾政行)

〈以下省略〉

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